04


「イユ、質問に答えろ。どうして急に消えたりなんかしたんだ」

 唖然とした空気を断ち切ったのは、今まで黙っていたダリだった。イユは声のする方に目を向ける。けれどダリを視界に入れた途端、大きな眉を目一杯寄せて露骨に嫌悪する表情を見せた。ダリは彼の様子にため息を一つ。理由は定かではないが、ダリはイユに好かれていなかった。
 じっとりした視線から逃げるようにして、思わず目をそらす。頬を掻いて言葉にならない声を吐き潰す。しかし立ち止まってなどいられないので、再度同じ質問を投げ掛ける。

「……もう一度言う。どうして急に消えたりなんかしたんだ」

 イユは口をきゅっと結んでダリを睨み付けていた。誰がお前なんぞの質問に答えるか、と言わんばかりの顔つきだった。それでも自分が非を働いたことは認めているようで、へにゃりと耳を垂れる。彼の耳は、片方だけ他の黒兎と勝手が違っていた。

 元来黒兎に成ってしまったものには、黒いウサギの耳と尻尾が現れる。それに不老不死になりどんなに酷い傷を受けたとしても、致命傷を食らうことになっても、個人差はあれど癒えてしまう。
 それがイユの場合は、左耳のみ髪と同化した色をしていた。それに銃弾に射抜かれたような穴が開いており、かなり古い傷だと誰がどう見てもわかるほどだった。回復していないのだ。
 イユ自身どうして自分のみがこうなってしまったのかは原因不明らしいのだが、問題を突き止めようにも根本がわからないのだからどうしようもないだろう。

 暫しの間、彼は口をもごつかせていた。うなだれた耳がぴっぴと動いている。黙秘権を貫く理由が何処にもないのはイユ自身理解していた。
 光の点らない瞳で、ダリを見る。

「………リンゴ」
「あぁ?」
「リンゴ、おいしそうだったから」

 渋々と自分が行方を眩ませた訳を話せば、間抜け面をしたダリが嫌でも目に入った。舌打ちをしたくなるのをぐっとこらえてそっぽを向く。これ以上口を開くつもりは毛頭なかった。

「……そうか。なら仕方ないな」

 ダリも追及しようとはしなかった。反抗期の子供をあやすような眼差しでそう答えると、やんわりと口許を緩める。イユはそれが気に入らなかったらしく、つんと口を尖らせた。

 どうしていいかわからなくなっているライが視界の隅でちらつく。いつの間にか刺すような視線がこちらに向かっているのにも気づいた。ダリはため息を溢してその視線の主に応える。気だるげに目線を横に向ければ、いやらしい微笑を抱えたルダと目が合う。
 そろそろ本題に入れ、と無言の圧力で訴えてきていた。
 ずっと見つめていると気味が悪くなってくる彼の笑顔に寒気を感じつつ、ダリは仕方ないと言わんばかりに首を振る。ライが反応したのが見てとれた。本来の目的を確認しよう。

「あー……じゃあ、イユも見つかったことだしおさらいでもすんぞ」

 気前よく人差し指を立てて、不慣れにも声を張り上げる。

「俺達は今からこの先にある集落に向かう。その集落には妖狼(ようろう)の被害があってだな、俺達はそれを退治しに行くわけだ」

 言い終えると気力が抜けて、ぶっきらぼうに腕を降ろす。深く息を吐きたくなるのを堪えて、目の前で笑って止まない道化師に言葉を寄越した。

「なんでかはわかるよな、ルダ?」

 問われたルダはより一層笑みを深める。口が裂けているのかと錯覚しそうなほどのその笑顔に、ダリは目眩に見舞われた。

「ハイハイ、善行を積むためデース!」
「……そうだ」

 くるりと一回転して答えたルダに軽く返事をして、今度は立ち尽くしているライに目線を投げ掛ける。見てわかるほどに動揺していた。

「じゃあ、なんで俺達は善行を積まなきゃいけないんだ? ライ、このくらいはお前も理解しているはずだが」

 ダリが言い終えるよりも先にその口は動いていた。けれどうまく言葉が出てこないのか、はたまたそんなに目を合わせられるのが嫌なのか。いずれにせよ彼は小さくうめくだけで言葉を発しようとしなかった。
 まさかとは思うが、彼にも嫌われているのだろうか。感傷的な気分に浸りそうにもなるところで、やっとライは口を開ける。

「い、良いことをすれば……人間に戻れるから、だよな……?」

 目を泳がせてそう言った彼は落ち着きなく、手を口許に持ってきていた。そわそわと頭上に生える二つの耳も動いている。自信なさげにダリを見つめるこの青年は、何故だかとてもちっぽけな存在に思えた。
 それは行動が小さく見えるからで、本当の彼はちっぽけどころか、とても大きな存在であることに違いはないのだけれど――とにかく、行為一つで人の見た目は変わってしまうものだ。
 ダリはどうにかして彼を落ち着かせようと、出来る限り優しく微笑みかける。頬がひきつって痛い。

「ああ、そうだ。だから俺達は今、この森を突っ切って目的地に向かおうとしてたんだ」
「だけど僕が勝手な行動をしたから無駄足を踏んだ。……そうでしょ?」

 卑屈な態度で言い捨てたイユは、首に巻いたマフラーで口許を隠す。自分の非を投げやりに口に出した彼の表情は相変わらずほの暗い。
 ダリはどう返答すべきか、と押し黙る。けれどここはあえて触れるべきではないと判断し、両手を叩き軽快に乾いた音を鳴らした。








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